赤い海で出会った二人は赤い海に帰る定め。


赤い森で迷う二人は赤い森に骨を埋める運命。


抗う術があるのなら、この命を引き換えにしても抗うのだろう。


赤い世界は警告する。


ここから先は死よりも恐ろしい物しかない。









ALARM










「っ、ぁ…」


声を殺して零す微かな吐息、ごまかすように歯を食いしばる姿、全てがあの頃のまま。

幻騎士はγの愛撫を受けていた。


「ぃ…」


すぐ隣の部屋にはまだ、第三部隊の部下達が居る。

時間は夜中だったが、厳戒体制のこの基地では起きている者も多い。

気付かれまいと幻騎士は自らの服の袖を噛んだ。


「幻騎士…」


部屋のソファーに立ち膝の状態で背もたれを正面に寄り掛かる体制の幻騎士を背中から抱きしめるγ。

幻騎士の引き締まった体に寄り添うような着衣のファスナーを開き、

現になった背中には激しい掻き傷が走っている。

滑らかだった白く丸い背中を思いながら吸い寄せられるように口付けを落とすと肩甲骨が震える。


「γ…あまり焦らさないでくれ…」


以前ならこんな事はなかっただろう。

ただ、今の幻騎士は白蘭の調教が祟っているのか刺激に敏感になっている。


「でも、まだ平気だろ?」


γがそう言って服の開いた隙間から腹部に手を回す。


「くっ…ぁ…」


迸しる衝動に自らを抑えられない。

熱くなる体に絡まる体温、ぬめりとした感触と柔らかな部分の皮膚に堪え難い誘惑の指先。


「ぁ、く…」


再び幻騎士は服の袖を噛み、込み上げる声を殺す。

唇の隙間から漏れる吐息が苦しみに喘ぐ。

γはそんな幻騎士の意地らしく堪える姿に興奮していた。

自身にも、まだこんな汚い支配欲が残っていたのかと思う程、

恥態を曝す幻騎士の矜持を摘み取る欲情という物はいかなる麻薬よりも厄介だ。


「聞かれたくなかったら、歯ぁ食いしばれ…」


吸い付くように急所を這うγの指が、その温かさが幻騎士を包み、噛んだ袖を離しそうになる。


意地が悪い。


そう言ってやりたかったが今、口を開けば確実に溢れる声を止められない。


「んぅ…」


体の奥の高鳴りと、痺れる下肢、内股に押し付けられたγの得物が唸りを上げているのが解る。


変わらない。


雄々しく、乱暴で、強欲で、それでいて繊細な行為はあの頃とまるで変わらない。

ただ、白蘭の冷たい指に慣れていた幻騎士にはそれが懐かしく、温かく、優しくて、嬉しかった。

悲しい程に。


「んぁ…ふッ…」


白蘭以外の誰にも聞こえない声で鳴き続けていた口が紡ぐのは崩落の調べ。

赤くて苦い血の海で出会った頃のように熱烈でもなければ、激しく傷付けあった湯煙の中のように悲痛でもない。

ただ、甘く媚びるような夜鷹のさえずり。

それでも構わないとγは思っていた。


「く、ぁッ……」


γは指先の包容を止めないまま、幻騎士の首筋から顔を潜り込ませ、その耳たぶに吸い付いた。


「ぃあッ、」


その刺激はお互いが驚くような音量で幻騎士の声になり、

弱点を突かれた幻騎士は無為に噛んでいた袖から口を離してしまった。

それでもγは幻騎士の耳を執拗に吸い上げる。

生々しい音が耳に直接響き、器用な唇に嬲られ、皮膚の薄い箇所はみるみる赤くなっていく。


「いや、あぁ…ん、ガンマ…」


堪えようとしても喉の奥から溢れた声が音になって紡がれてしまう。

しかし、腰が砕けて幻騎士の体にはまるで力が入らず、最初に取った体制のお陰で何とか自立している状態だ。

とても背もたれから崩れ落ちた頭をもたげ、体を支えている腕を轡にする事は出来ない。


「ガンマ…まっ…あ…」


幻騎士の腕がソファーの背もたれからも滑り落ちようとしている。


「しっかりしろ、幻騎士、俺が支えてる…」


γは埋めていた顔を上げると愛撫を右手に任せて左腕で幻騎士の上半身を抱えた。


「…噛んでも良いぜ、好きにしろ。」


吐く息さえも喘ぎにしかならない幻騎士を見兼ねて差し出されたその左腕に、幻騎士は躊躇せず歯を立てた。


「ん、ふぅ…」


体制を立て直した所でγが畳み掛ける。

互いが互いに駆り立て合い、響き合う骨とソファーのスプリングに揺れる体は二人で一つの命であるかっようだった。

素直になり過ぎた体の幻騎士にγは戸惑うが、繋がり、拘束する快感に偽りはない。


「んッ、」


貫かれる前に煮え切ったのは幻騎士だった。

この後に訪れるであろう感覚に魅せられるあまり、高まり続けていたモノが耐え切れなくなったのだ。


「く…」


γは構わずそのまま愛撫を続けながら、硬質なその刃を幻騎士に突き立てる。


「んん…ふ、んぅ…」


次第にγの腕を噛む力が強くなっていたがまるで気にもならない程、γもまた幻騎士の包容に溺れていた。

吸い込むような肉壁を持つ熱い体内にほだされ、

更に殺傷力を強めていくγの凶器は幻騎士の背中に恐ろしい程の衝動を刻む。


「あぁッ、」


臓物の中まで掻き回されるような快感にγの腕からも口を離してしまった幻騎士の唇にはγの血が滲んでいる。

淡く紅に染まった歯とそれを隠すふくよかな唇、そこから流れ出す甘美な唄に、γは欲情せずにはいられなかった。


「は、あぁ…」


束縛するように更にきつく結ばれた体が、はち切れそうな感情が、愛の言葉の変わりに思いを打ち明け、

吐き出す。



お前は俺の側に居て良いんだと。











 


「…服が、」


涸れた声の幻騎士が呆れ顔でγに文句を呟く。

互いに着衣をそれなりに着崩しただけで早急な行為に及んだばかりに、その状態は恐ろしい事になっていた。


「…エロいな。」


γが思わぬ事を口走ったので幻騎士はカッと目を見開いて彼を睨んだ。

しかし、確かにγの言う通り、

零した雫と汗に濡れた着衣を中途半端に着ている姿はとても他の誰かに見せられた代物ではなかった。


「着替えはあるか。」


幻騎士が問うとγは無言で自身の制服の上着を放った。


「とりあえず、それ羽織って俺の部屋に来い、何か貸してやる。」


ついさっきまでのシリアスだった雰囲気は何だったのか、

思い悩んでいた事が嘘のように二人を包む空気は和やかだった、

 


かのように思えたのもつかの間、けたたましい警戒音が鳴り響き、基地全体を緊張が一気に包んだ。



「警報!?」


γが声を上げた時には目の前の幻騎士の纏う空気も変わっていた。


「…幻騎士、」


あっと言う間に無表情になり、帯びた覇気は冷たく暗く、若葉色の瞳は怪しく絶望の光を放つ。


「…γ、オレは行かなくてはならない。」


声の中に感情が見えない。


「白蘭様の命が下っている。」


幻騎士がその名を口にした瞬間にγの中に酷い憎しみの心が溢れ反る。


「白蘭さまって…お前、」


何もかもが憎かった。

白蘭も、幻騎士も、何も出来ない自身までも。


「…さらばだ、γ。」


ただ、そう告げて部屋を飛び出して行った幻騎士の横顔が、結局γに彼を追い掛けさせなかった。


それはあまりにも静かで、何も不安のないような、何かを悟った表情だった。



「俺に殺される前に死ぬなよ…幻騎士……」


γは過ぎる不穏な予感に届かないと知りながら幻騎士の背中には言葉を投げた。

しかし、それは鳴り止まない警報の中で誰の耳にも触れる事なく消えていった。









残るのは情事の微かな残り香と、γの左腕に着いた赤い痕だけ。










赤い傷口が囁き掛ける。







赤い世界に魅入られて、二人ではもう戻って来れない。













end.