さまひを


絶え絶えの声が響く白い部屋。



ダメ。」


それは言葉と契約で出来た枷。




歪んだ愛を糧に咲いた、





荊の監獄。










自らの身を差し出し、愛する者達を護るため、矜持も羞恥心も誇りも、全てを捨てた。


幻騎士は白蘭の物となった。







それは今から二ヶ月前の事になる。


幻騎士は白蘭から密に招待を受け、単身、ジェッソファミリーのアジトの一つに乗り込んだ。

そこはアジトと言っても小さな個人の別荘で、白蘭が所有しているというだけの代物だった。



「いらっしゃい、ようこそ我が別荘へ。」


警戒する幻騎士に対し、白蘭は嬉しそうに彼を迎える。

張り付いたようなその笑顔に幻騎士は眉を寄せる。


「今日は君と話すために呼び出したんだ、そんなに力まないで。」


白蘭はそう言うと無言で、目の前のソファーをポンポンと叩き、座るように促す。

幻騎士がぎこちない表情でソファーに腰掛けると白蘭は満足気にその姿を見詰めている。


視線が痛い


足の先から指先、髪の毛の先まで見入られているようで、幻騎士は気まずくなり俯く。


そう、以前から、戦線で謁える度に、力を交える度に不敵に微笑む白蘭の視線が痛かった。


何故、このような事を?」


幻騎士が重かった口を開くと白蘭の口元が再び満足気に微笑みを湛える。


「そうだね


静かな室内、辺りに人のいる気配はまるでない。

白蘭も幻騎士も約束通り一人で来たのだ。


「俺の気まぐれじゃないと良いんだけど


白蘭は自らの事とは思えないような口ぶりで自身の行動を愚行と知って笑った。


これは二人だけの密会。


それがどうやら書面だけの虚偽でなく、事実である事を幻騎士は悟る。

それと同時に一瞬彼の脳裏を過ぎる、『殺るならこの好機を逃してはならない』という思惑。

しかし、この時は彼の矜持と冷静さがそれを思い止まらせた。


何より、この男は幻騎士個人宛にファミリーのアジトへ手紙を送り付けたのだ。

恐らく個人的にアジトの場所を知っていながらわざと傍観しているのだ。

ここで下手に手を出せばボスの身に何が起こるか解らない。


幻騎士はこの場を穏便に済ませなければならなかった。


「用件は?」


用件、そうは言ったがこれは暗に『ファミリーの存続の為に満たすべき条件』に相応する。

つい先日、先代が亡くなり、後を継いだのはマフィアのボスとなるには幼く優し過ぎる少女。


幻騎士は先代から遺言を賜っている。


『ファミリーと娘を守ってほしい』


死に際に彼女が初めて人前で流した悔し涙に、幻騎士は誓ったのだ。


『この身に変えてもファミリーを、ユニ姫を護る』









それを解った上で白蘭は幻騎士を呼び出した。

全て見透かすような瞳が幻騎士を貫く。

負けじと睨み返す幻騎士。



ジェッソとジッリョネロの統合。それでこの戦いを終わりにしないかい?」

「!!」


幻騎士その言葉に耳を疑った。

統合。

ようするに、これだけ互いに被害を被った相手と折り合いたいと言うのだ。

しかも明らかに現状はジェッソファミリーに有利、そんな状況で手を組むという事だ。

それこそ、そのためにジッリョネロはいかなる条件も飲まなければならない。


しかし、これ以上戦況が長引く事は望まない。

ボスのためを考えれば一番良い結末かも知れない。


貴殿の望みは何だ?」


幻騎士の対応に白蘭は微笑む。


「まず、統合後の実権を全て俺に譲渡する事、ボスは二人もいらないでしょ?」


白が右手の指を二本立てて不敵に笑う。


「それから、ジッリョネロが持つリングとボックスを全て回収するよ。勿論、その力を見極めた上で元の所属ファミリーに関係なく分配するけどね。」


幻騎士はその厳しい条件に固い表情で頷く。

しかし、彼も黙ってばかりではいられない。


「その条件を飲む代わり、こちらからも一つ、約束してもらいたい事がある。」

その言葉に白蘭は興味深そうな顔をして次の言葉を待っている。


ファミリーの、ボスの命だけは保証して欲しい。それが出来ないのなら


そう言った瞬間、幻騎士は目にも留まらぬ早さで白蘭の首元に指刀を向けた。


「ここで貴殿を葬るだけだ。」


幻騎士の人差し指は確実に白蘭の動脈を捕らえている。

やると言ったら殺る男である事は十分承知しているはずだが、白蘭にはまだ余裕がある。

それが幻騎士ににわかな焦りと動揺を産む。


「危ないなあ、幻騎士くん。危ないよ


今まで微笑んでいた白蘭の表情が一気に冷めていく。

淡い紫の瞳が放つ殺気に幻騎士は息を呑む。


「それには、もう一つの条件で応じようと思ってたんだけど


気付けば幻騎士が向けた指刀はその掌ごと白蘭の手に絡め取られていた。

力が篭るその手に幻騎士は身を引きそうになる。


どうする?」


未だ動脈を捕らえたままの指もそのままだと言うのに白蘭はその威圧感だけで幻騎士を圧倒して見せる。


条件とは?」


幻騎士が聞き返すと白蘭はこの日で一番の笑顔を浮かべた。

それは邪悪で、毒々しい程美しい微笑み。


君が欲しい。」


そう言って白蘭は立ち上がりながら幻騎士の手を引っ張り、自分が座っていたソファーに倒した。


動揺した幻騎士は対象が遅れ、されるがままにソファーに押し込められる。


「ジッリョネロで一番の腕利きの剣士、幻騎士。君の忠誠と引き換えに、ファミリーと可愛いお姫様の命を保証しよう。」


それはファミリーを裏切り、白蘭の言いなりとなるという事。

けれど、自分一人の身でファミリーを護れるならばやすいだろう。

それが先代との約束。


その忠義のために売る身ならば惜しくはない。


その言葉、信用して宜しいか?」


「君はもう僕の事、信用してるでしょ?」


そうだ、この密会が成立した時点で彼がこういう類の事で自らを偽らない事は解っている。


……手を、」


幻騎士がそう言うと白蘭は握っていた手を離す。


我が名は幻騎士、今より白蘭様にこの身をもって忠誠を誓い、永劫の不逆を約束する。」


白蘭の前に跪づいた幻騎士は膝を付き、白蘭の靴にその額を当て、深く頭を下げた。



これが、全て白蘭の罪深い望みとも知らずに……










「君は俺の物……


真っ白い部屋にあるのはヘッドボードもない簡素な白いベッド。


木組みの脚が軋む音を立てて白蘭が片膝を掛けた重みを伝える。


「ね、幻騎士?」


ベッドには一糸まとわぬ姿で目隠しをされ、両手両足を縛られ、傷だらけで横たわる幻騎士。


「はい


掠れた声で答える彼の髪を撫でる白蘭。

白い肌には紫に変色した痣が点々と侵食し、大小無数の切り傷が赤い線を描き、右足の小指は爪が剥がされていた。

 

白蘭は自らが傷つけたその痛ましい姿を満足気に視姦する。

 

 

それは自然の獣のようにしなやかな肉体。

 

無駄を削ぎ落とし、鍛え抜かれた姿態に、一目見た時から言い知れぬ支配欲に掻き立てられ、卑怯な交渉でついに手に入れた上等の獲物。

 

 

「手に入れてしまうと容易くて…すぐに飽きてしまうかと思ってたんだけどね…」

 

 

白蘭はそういうと生傷の残る幻騎士の足を愛しそうに爪の先で逆撫でする。

 

幻騎士はその爪が傷を通り過ぎる度に走る痛みに無言で堪えている。

 

白蘭のひんやりとした指がふくらはぎから太股に、太股から腰にと這い上がる感覚を、傷の痛みで感じる。

 

 

ジェッソとジッリョネロが正式に合併してから5日間、白蘭の近衛体長に任命されたにも関わらず幻騎士はあらゆる式典を欠席していた。

 

その期間中、ずっと彼は白蘭の用意したこの部屋で隔離され、切諫に近いような性的虐待を受け続けていたのだから。

 

 

痛み以外の繊細な感覚は最早、麻痺して感じる事が出来ない。

 

 

「白蘭様…」

 

 

幻騎士の吐息のような許しを請う声に白蘭の背筋に得も言われぬ衝動が走る。

 

 

「どうして、君はそうやって…俺に悪戯させるんだ…」

 

 

衰弱しきった体をなぞれば過敏になった腰が反応し、淡い息を吹く。

 

 

「っ、ご慈悲を…」

 

 

幻騎士が今一度懇願すると、白蘭はそっと手を伸ばし、5日振りにその目を塞いでいた布を取ってやった。

 

白かった布には血と涙で出来た沁み。

 

その下にある鋭い獣の瞳は虚ろな光を放ち、薄明かりに目が眩み、白蘭を見つけられずに泳いでいる。

 

 

「ここだよ、幻騎士。」

 

 

白蘭は彼の頬に手を当て、至近距離まで顔を近づけた。

 

ようやく視界がはっきりした幻騎士は少し安堵の表情を浮かべ、目を閉じた。

 

 

「良いよ、そのまま寝てしまっても。」

 

 

白蘭がそういうと幻騎士は目を閉じたまま言葉を紡ぐ。

 

 

「縄は解いて下さらないのか?」

 

 

その言葉に白蘭は少し戸惑う。

 

 

「私は逃げ出したりしない。私は貴殿の物だ、白蘭様。」

 

 

そういって開いた彼の瞳に穏やかさに白蘭はゾッとした。

 

 

「私は望んで貴殿の拘束を受け入れた…縄など無くとも、もう逃げる事は出来ない。」

 

 

その神秘的な黄緑の瞳が白蘭の姿だけを映している。

 

 

白蘭がそっとその手足の縄を解いてやると、幻騎士は手近にあった血で汚れたシーツを手繰り寄せ、その露な体を隠すように包んだ。

 

そして、そのまま横たわり、目を閉じた。

 

 

「おやすみ、また、俺を楽しませてよ?」

 

 

白蘭がそういうと聞こえていないのか幻騎士は答えなかった。

 

次第に聞こえ出す寝息に白蘭は少し残念そうに、しかし幸せそうに微笑んだ。

 

 

「ここまでやって、心身が壊れなかった玩具は君が初めてだ…」

 

 

皆、自分の築いた荊の檻に心も体も壊され、生ける屍となり消えていった。

 

 

「君はいつまでもつだろうか…」

 

 

白蘭の想いが茂らせる荊の監獄。

 

彼はそこでずっと一人だった。

 

 

愛しいほどに、想いが募るほどに、その棘は鋭く愛する者を傷つけて壊す。

 

 

「解ってるのにね…何で俺は求めてしまうんだろう…一緒に住んでくれる住人を…」

 

 

そう呟くと白蘭は幻騎士の額に出来た傷に口付けを落とした。

 

 

 

愛するほどに歪む、その純粋過ぎる感情を代弁してくれる事を願うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

End.