それは異様な光景


かつては傷一つなかった奴の肌に残る無数の






キズアト










ジッリョネロとジェッソファミリーの統合が成され、一週間が過ぎた。

ジッリョネロだった者は皆、黒い制服に身を包み、我らがボス、ユニ姫とファミリーの再建の為に厳しい任務に堪えていた。


そんなジッリョネロ、今のブラックスペルに属するγもまた、そんな悲願に縋る一人だった。


ブラックスペルとしては最高の第三部隊を任され、マーレリングを取り戻した彼に与えられる任務は熾烈を極め、

この一週間だけで多くの同胞が他ファミリーとの抗争の中で散った。




何が悔しい、


そうだ、あいつが憎い、


ファミリーを裏切ったあの男…





 



そんな疲労困憊を抱えた夜だった。

任務を終え、本部に帰還したγはその背に伝う嫌な汗を流そうと共同のシャワールームへと足を運んだ。


時間は既に夜中の3時を回っている。

普段なら誰も居るはずはない。

電気も点いていなかった。

ただ、シャワーを流しっぱなしにしている音がして、タイル張りの室内は妙に湯気で立ち込めていた。



人の気配が微かにする。



「誰かいるのか?」


γは相手の返事を待たずに暗闇に手探りの右手で電気のスイッチを押した。

部屋の入口側から電気が点く。

相手が一瞬うろたえたような気がして身構えるγだったが、その警戒心はすぐに解ける。


「…幻騎士?」


湯気で濛々とする明かりの中、姿を表した相手、それはγが今、一番会いたかった相手だった。

会って話がしたかった。

何故裏切ったのか、

何故この一週間ずっと姿を見せなかったのか、

聞きたい事は山ほどあった。


「…γ、」


幻騎士は流したままのシャワーの下でうずくまっていたように見えたが、γの声に立ち上がった。


「幻騎士、お前…」


γは何から聞いたら良いのかと言葉を詰まらせながら幻騎士に近づく。

それに気付いて幻騎士がたじろいだのが揺らぐ湯気で解る。


一体どのくらいここにいたのか、部屋中に立ち込めた湯気は互いの姿を掻き消してしまいそうだ。


その湯気の迷路の中で目が合った。


相手も自分をじっと見つめている。


あの鋭い若葉色の瞳。



つい一ヶ月前まで、その瞳はγの下で彼だけを見つめていた。




「騎士、」


γが手を延ばしてその腕を掴もうとする。

しかし、擦れ違った視線から指先に微かな濡れた肌の感触を残して擦り抜けていく。

そのまま、手を引いてしまったらもう二度と捕まえられない気がした。


「待てよ!」


精一杯に伸ばし、幻騎士の腕を追うγの右手。

ようやく掴んだ腕の引き締まった筋肉が微かに震える。

そして掌に馴染まないその肌の感触にγは違和を感じ、力強くその体を引き寄せた。


「放せ、」


掴んだ手は振りほどかれた。

ただ、目にした幻騎士の姿にγは目を見開いた。


「お前、…どうしたんだ、それ、」


幻騎士の黄味掛かった白い肌に走る無数の傷痕。

引っ掻き傷、切り傷、刺し傷、圧迫痕、どれもまだ新しい物ばかりだ。


「何でもない、」


気まずそうに顔を背けてシャワールームを出ていこうとする幻騎士。

しかし、γはその胸に刻まれた一際大きな切り傷に目を奪われる。

薄皮一枚だけで塞がれた生々しい傷口は塞がる度に何度も切り付けられたように見える。


まるで拷問だ。


この一週間、姿を目にしなかった事と関係があるのか。

任務か。

そんなはずはない、この男がそうそう敵に捕まる訳がない。

なら、この一週間どこに居たんだ。


 


「……白蘭か、」

 



γの言葉に幻騎士が足を止める。

しかし、何も言わずに再び歩き出そうとするその背中にγはもう一度手を伸ばした。


「ッ、」


左手で右の肩を掴み、自分の方を向かせると、抵抗する間も与えずシャワーが流したままになっている壁へと押し付け、

深く、深く、幻騎士の唇に自らの舌を忍び込ませた。


「…ん、」


どんな鉄拳が返ってくるかと身構えていたγの耳に返ってくるのは艶かしい程甘い吐息ばかり。

掴んだままの肩が身じろぐ。

互いの唇を離した瞬間に頭から勢いよく伝うシャワーの水が空気を求める口に流れ込み、再び互いの唇を吸い寄せる。

縺れる互いの四肢。

 

こんな熱に浮かされた様子の幻騎士をγがおかしいと思わないはずは無い。

 

ただ、頭の隅では彼の言葉を聞いてやりたいと思っているのに、自分の思うままに色濃くなっていく淫らな体にそんな理性は風前の灯火の如く済し崩しにされていく。

 

強く強いた訳ではない、しかし、触れれば触れただけ幻騎士の体は熱くなっていく。

 

 

「ん…あぁ…、」

 

 

腰に手を回せばそのまま満たされる事を求める下半身がピッタリと寄り添ってくる。

 

止まないシャワーの雨を無視して唇を離し、首筋に口付けを落とせば誘うように反対側へ頭を背けて吐息を零す。

 

塗れた髪と肌のコントラストに吸い寄せられるようにその頬を追いかけてγが覆い被さるようにすると、二人の体はズルズルと床に沈んでいった。

 

 

γはそのまま半開きになっていた幻騎士の足を割るように下肢を捻じ込もうとした。

 

ただ、そこで、こんなにも熱くなった体を醒ます物が目に飛び込んで来た。

 

 

 

幻騎士が泣いていた。

 

 

 

一瞬シャワーの水かと思ってもみたが、それはどう見ても彼の若葉色の両眼から流れていた。

 

 

「…慈悲を、」

 

 

幻騎士が息の上がった声でそう呟く。

 

確かに、ここまで来て無しにするのも互いにとって酷な話だ。

 

しかし、とてもγはそれ以上行為を続ける気にはなれない。

 

 

「γ…」

 

 

幻騎士の柔らかい声が自分を求めている。

 

例えどんなに焦らしても媚びる言葉などけして口にはしなかったはずのこの男を、こんな体にしたのは誰だ。

 

こんなに傷だらけにして、弄んで、

 

 

これでは、まるで良い玩具だ。

 

 

「…そんなに、アイツの下が良いのか?幻騎士、」

 

 

迫る手を止めたγが口にした言葉に、ハッと我に返った幻騎士が、眉と寄せた。

 

蘇るのは5日間に渡って繰り返された調教。

 

 

 

正直に、欲するままに、求め、鳴き、醜態を曝す。

 

主の望むように出来ても出来なくても、待っているのは愛を裏返した銀色の刃。

 

それが自分の物だという印であるかのように、繰り返し、繰り返す度にその痛みは欲情を紐解く鍵へと代わって行った。

 

 

 

「じ、ひを…」

 

 

自分が泣いていた事に気付き、俯きながらも幻騎士の奥底に灯った炎は止めどなく溢れかえる。

 

情けなくなる程、背後から襲ってくる衝動に腰が砕けそうになる。

 

傷と共に体に刻まれた強烈な記憶が矜持も羞恥心も押しのけ、求める言葉で彼の口を動かす。

 

 

「何とでも、思えばいい…」

 

 

裏切り者と罵りたければそうすれば良い。

 

そうだ、今の俺は白蘭の奴隷だ。

 

ただ、焚き付けたこの火を消す方法はそれ以外に存在しない。

 

 

 

「抱いて…」

 

 

 

蠱惑するような腰付きで、傷だらけの幻影がγを見ていた。

 

何よりも愛したその若葉色の瞳で、今は違う男を見上げているのだというのに。

 

γの胸にとろけてしまいそうな指先が這って再び彼の理性をかき消していく。

 

 

「優しくするなよ?」

 

 

溜まらずに覆い被さったγに幻騎士がそっと口添えする。

 

それは忠告ではなく、彼の願いであるかのように聞こえた。

 

 

「…誰が、」

 

 

γがそう言いながら太股の内側に指を滑らせると、幻騎士は微笑む前に口腔に喘ぎ声が溢れて天を仰いだ。

 

 

「…ボロボロにしてやるよ。」

 

 

お前がそう望むなら。

 

お前がそれで良いなら。

 

 

 

 

そんな傷を愛と呼ぶなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺のキズアトはどんな形なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

End.