夢を見た。
昔、まだ全てが形のあった頃の夢を。
愛する者が居て、守りたい者が居て、
息を分かち合う者が居た。
そんな夢を見た。
夢遊病
任務の一端で日本へ赴任する事になった。
向こうの一切を取り仕切ってやがる入江正一って野郎は正直気に入らないが、
昨夜の事があった手前、いつまた幻騎士と顔を合わせるか解らない本部には居たくなかった。
幻騎士は知らないのだ、昨日の晩、奴を抱いたのは白蘭でなく俺である事を。
「ちっ、」
荷造りの最中にも自然と舌打ちが出て、その後は溜息が追い掛けてくる。
あんな顔、する奴じゃなかった。
あんな陶酔した顔で男を貪る幻騎士の姿、見るべきじゃなかった。
白蘭が全てを奪ってしまった。
あれはいつの頃だったか、最初は何か狂気に取り憑かれたようにその体を奪ったが、
そのせいで妙に気まずくなっていた俺に幻騎士が言った。
「お前の腕は乱暴に見えて優しい。」
その時の奴の表情は今でも忘れられない。
それからは何度、肌を重ねただろうか。
互いに想う人が居ながら、叶わないと知って互いの体を慰め、同じ空気を共有した。
気付けばそれが当たり前のようにその唇を喰らい、芳しい肌に酔いしれた。
夜を数える度に幻騎士の体は色めき立ち、正直、他の野郎どもに食われでもしないかと思う程、奴の体は変わった。
誘うように吸い寄せる魅力に神秘の淵を覗いた気がした。
ただ、それも夢か幻のように過ぎ去った。
思い出すのは夢の中でも見失う事のない、よく光る若葉色の瞳。
好きだったんだ。
俺は幻騎士の目が好きだった。
「今更、何を言えば良い…」
本当に今更だ。
何を言っても嘘臭い。
まして、今や幻騎士は白蘭の懐刀などと呼ばれている上、元ジッリョネロの連中とは敵対状態、
正直俺だって奴を許した訳じゃない。
「今更、何してんだ、俺は…」
だと言うのに欲望に負けて情を交わしてしまった。
相手が見えていない、聞こえていないのを良い事に、開いていた空白を埋めるように、何度も何度も繰り返し味わった。
それが白蘭の幻騎士への悪戯だと解っていても。
それが奴を何より傷付けると解っていても。
それでも事実は変わらず、時間は過ぎるだけ。
何を告げれば良いのか、そう思い悩む内に結局何も告げる事なく俺は日本へ旅立った。
「幻さんが…」
共に日本へ向かう事になったブラックスペルの整備士、スパナが急にそう切り出した。
口にした名前に一瞬、罰が悪い顔をすると、スパナはやっぱり、っと言うような表情を浮かべて話を続けた。
「幻さんが苦しそうだったよ。ウチには何にも出来なかったけど…一緒にジャッポーネに連れて来たら良かったんだ…」
スパナは困ったような顔でそう言った。
この男は根っからの変わり者、その発想にはいつもながら驚かされる。
「一緒にって…これは任務だぞ?遠足じゃねぇんだからそんな…」
「他の物は全部忘れて、逃げてしまえたら良いのにね…奪って逃げてしまえたら…」
どんなに楽だろうか。
誰の目にも触れない場所で、永遠に夢を見ていられたなら、今からでも奴を救えるだろうか。
誰もそんな事を望まないとしても、幻騎士を取り戻す事が出来るだろうが。
それはただの、俺の身勝手だ。
ただ、夢を見ていた。
次に会う時は伝えよう、
夢の中では今も隣にお前が居る事を。
end.
