君が居たあの冬の海


君が居たあの砂浜



全てが幻の幸せと


あの海鳥が











『笑って泣いて』











そういう。











「あ、ヤドカリ。」


小石が集まって出来た海岸に白波が帯を作っては消えていく。

それはさながら人の記憶の破片のようで、儚く脆く、そして美しい。


「白蘭様、」


ヤドカリを捕まえた所で幻騎士が名を呼ぶ。

轟く波の重低音と重なる声が心地良い。


もっと呼んで欲しくて、わざと無視してヤドカリを弄って遊んで、横目で幻騎士を見れば、彼は彼でそこに佇みこちらを見ていた。


「白蘭様、そろそろ戻らなくては…」


仕事を抜け出して来た海岸には誰もいない。


「良いじゃない、もう少し遊ぼうよ。」


冬の灰色の空と黒い海。


「執務に影響が出ると困るのは貴方だ。」


全部僕と君の物。


「困らないよ、幻ちゃんが助けてくれるから。」


君は僕の物だから、今、この目の前にある世界は全て僕の物。


「オレに押し付けないで頂きたい…」


そして全部全部


「嘘ばっかり。」







目の前で君が笑っている。

はにかむ笑顔がこの瞳を通して脳髄に焼き付く。


その奥で君は泣いている。

嗚咽の声を上げる事もなく静々と涙を流す。




どちらも僕が作った偽物ならば、この世界も偽物だ。






「全部全部、嘘ばかりなんだ。」


そういって微笑みを投げると幻騎士は溜息をこぼした。


「…承知した。」


短い一言に込められた意味を認識すると再び掌のヤドカリに目をやる。

小さな家に体を押し込めて、こそこそと手足を動かす姿に、生にしがみつき精一杯に脈打つ事の尊さを思う。

そして、その小さい事と無意味さを思ったら、自分の胸の奥にある支配欲や充足感、束縛、嫉妬が浅ましくて愛しかった。


「ありがと…幻ちゃん、」

ヤドカリを指で摘み上げ、波の向こうに放り投げると白い泡がそれを包み隠すようにさらっていった。


いつかは君もこうやった僕の手の中から棄てられて泡になってしまうのだろうか。

未来に自分がそうする姿を思い描くとゾッとする。


笑って泣いて、君を棄てるのだろうか。



「大好き。」


安直な未来も、脆弱な過去も、僕は大嫌いだ。


「大好きだよ、幻騎士。」


今、笑って泣いてる君がいる。

それが偽りと幻の産んだ現在であっても、僕は今を愛しく思う。

それだけが信じ得る物と知っている。


「お戯れは帰ってからになさって頂きたい。」


あの海が嘲笑おう


あの波が嘲ろう


あの空が蔑もう


二人の夢遊病者を侮蔑しよう





世界が僕らを否定するなら、僕は肯定される世界を作ろう。






「戯れなんかじゃないさ、」


しゃがんでいた足を伸ばして立ち上がり、手についた砂を掃った。

それだけの事でこんなにも世界は揺らぐ。


「僕は嘘つかないよ。」


だから僕は望む。


君がそんな偽りだらけの笑顔と涙に汚される事のない、無垢の世界を。









「…帰ろっか。」












end.