どうすれば良い?
どうしたら良い?
どうしたい?
どうなりたい?
それは駆け巡る眩暈となって、俺を襲う奇妙な予感。
[Mutation]
寝苦しい夜だった。
蒸し暑くて汗ばんだ肌にシーツが纏わり付く。
しかし、俺は目覚めるのを拒んでいるように夢を見ていた。
夢の中で男が俺の名を呼んでいた。
『γ…』
それは妙に生々しくて、断片的な艶と色に誘われ、気付けば俺は手を伸ばしていた。
俺は夢の中で幻騎士を抱いた。
「ぅ、…あぁ、」
目覚めは悪くなかった。
汗でシーツはぐしょぐしょだが、妙な爽快感があった。
しかし、未だ熱いままの体に反して、頭が冷静さを取り戻すと目の前が白くなった。
「何してんだ、何考えてんだ、俺は…」
よりによってあの幻騎士相手に。
しかし、落胆して頭を抱え、目を閉じれば、鮮明な偽りの記憶が甦る。
夢の中で俺はあいつに覆いかぶさり、微笑を湛えた唇を貪り、
恥態に揺れる肉と、太股にかじり突くように指を掛けた。
「くそ…」
この体が覚えている。
白い内股に腰を落とし、組み敷いた体の中に吸い込まれるようにして撃ち込んだ弾丸。
微かに抱えたままの残り火が、夢と現実を突き付ける。
興奮していた。
自分の中で勝手に作り上げられた妄想で彩られたあの男に、
今まで味わった事もない程、欲情した。
最早、俺にその事実を否定する術はない。
「…なら、どうする?」
この激情をどうしたら良い。
何にも代えられない感情が沸き立っては泡のように膨れ上がって行き場を無くしていく。
しかし、まだ日の上がり切らないこの部屋でこうしていたら、
また訪れるであろう眠りに身を委ねる事は恐ろしかった。
また、きっと、同じ夢を見る気がした。
そう思って頭を奮い、ベッドから立ち上がりだるい体を備え付けのシャワールームに運ぶ
シャワーから滴り出した水が温くなる前に頭からかぶって呪文のように唱える。
「忘れろ…忘れちまえ…」
たかが夢じゃないか、俺は通りモノにでも当たったんだ、
「忘れちまえ…」
けれど、水が次第に温くなり出すと体に生々しい感触が蘇る。
浅い眠りが見せたまやかしが、まるで本物であったかのように掌に幻騎士の肌の感触を伝える。
「忘れてしまえ…」
見た事も無いはずの奴の乱れた姿がチラついて胸を掻きむしる。
そして、そんな目で奴を知らず知らずに見ていた自分に吐き気がした。
幻騎士は俺の同僚で、ファミリーを担う者同士、常にしのぎを削り、背中合わせで息をして来た相手だ。
それをあんなふうに夢に見るなんて、
「有り得ねぇだろう、どうかしてる…」
俺は頭を壁に付けてシャワーを浴び続けていた。
そうしてどれだけ時間が経ったのか、思う程ではなかったかも知れない、
しかし、その声を聞くまでが永遠のように長かった事は事実だ。
「…そうだな、いつまでそうしている。」
俺が驚いて顔を上げると、
そこには一糸纏わぬ姿でシャワールームの入口に佇む幻騎士がこちらを怪訝そうに見詰めていた。
「げん…」
「オレも使わせてもらいたいのだが、構わんだろう?」
そういうと幻騎士は俺に断りもなく中へ入って来て後退りした俺からシャワー下を奪い取って髪と体を軽く洗い流した。
よく見ればその体は痣と跡が点在して、 二の腕には掴まれた圧迫痕が残っている。
「…何だ、その目は。」
呆れた様子で幻騎士がこちらを見た。
微かに口元が優しく笑っている。
その口元に黒髪が一筋張り付いて、それを払い掻き上げると普段見えない顎のラインが現になり、
夢の記憶と交差する。
あの白い肌が、腕が、煙る雫になぞられて艶めく腰が、確かな記憶を手繰り寄せる。
「あぁ…」
そうして俺は気付いたのだ。
あれは夢などではなかったのだと。
「くっくっく…」
妙な安堵感に笑いが込み上げる。
「はははっ…」
夢でないなら構わなかった、目の前に突き付けられれば納得出来たのだ。
それは確かに手を伸ばしたくなる媚態だ。
自分の愚かしさを棚に上げるつもりではないが、最早悔いる気にはなれない。
「…おかしな奴だ。」
急に笑い出した俺を指して幻騎士が呟いた。
それを言うならお前だって相当におかしい。
昨夜あんな事になったのに、なんて涼しげな顔で俺の前に立っているんだ。
「邪魔をしたな。」
そういって幻騎士が背を向けてシャワールームを出ていこうとしている。
「待てよ、」
俺が肩に手を掛けて制止すると幻騎士は大人しくこちらを振り向いた。
引き締まった筋肉を覆う表皮のなんと滑らかな事か、
暖かく湿った肌に指を滑らせれば昨夜付けた口づけの跡が赤見を増す。
「何の真似だ、」
幻騎士が怪訝な顔付きでこちらを見詰めている。
そうだ、昨夜もそうだった、
ボスへの何度目かのアタックに敗れてやけ酒を煽る俺に幻騎士が付き合って部屋まで来たんだ。
そう、昨夜は熱帯夜だった。
「もうちょい付き合えよ…」
そういって肩に置いた手の力を強めると幻騎士の表情が強張った。
気にせずその体ごと手前に引き寄せ、互いの鼻が擦れ合う距離にまで近づける。
「悪ふざけは大概にしろ、オレは…」
抵抗する幻騎士は明らかに腰が引けている、昨日の酒が抜けていない訳でもあるまい、
相当昨夜の事が痛手だったと見える。
「ふざけてなんかないさ、ただ…」
昨夜の記憶を取り戻したいだけだ。
その言葉を口にする前に唇を重ねて自分の意志を流し込むように口空の奥まで舌を忍び込ませると、
ぬるりと幻騎士の舌が絡み付いた。
深い息に視界が霞む。
冷たいシャワールームのタイルが温まるまで、押し付けられた幻騎士の背中に目地の跡が残るまで、
確かめた記憶が夢から現実になる。
変質したこの感情はなんだろう。
激情に任せて貪る唇に、劣情に軋む身体、
欲情は重ねれば重ねるほど燃え上がるばかりで、留まる所を知らない。
朝日が昇る、その前には答えが出ているだろうか。
この突然変異した動物達の愚かな行為に。
end.